多くの人々に、「切り花を長持ちさせたい」という強い思いがあります。それに応えて、古くから、切り花を長持ちさせるためのいろいろな方法が言い伝えられ、また、考えられてきています。
ただ、切り花の寿命は切り花になってから決まるように思われがちですが、切り花になるまでの前歴も大切です。どのように育った植物に、どのように咲いた花なのか、栽培地から花屋さんに、どのように輸送されてきたかなどの経緯です。 しかし、ここでは、それらの前歴に触れずに、大切に栽培された植物に咲き、適切に運搬されて切り花になったとして考えましょう。
“水揚げ”をよくする!
切り花がイキイキと長生きするためには、切り花の切り口から、水が花に上がってこなければなりません。水が茎の中を上がってくるのは、「道管」という細い管です。水がこの管の中を上がってこなければ、花は生きていけません。
そのためには、水が道管の中でつながっていることが大切です。花が水を引き上げるのですが、もし水のつながりが切れていると、水は上がりにくくなります。水が引き上げられるのは“水揚げ”とよばれ、これが悪くなると、花に水が供給されなくなるので、切り花は長持ちしません。
そこで、切り花にするために茎を切るときは、水の中で切ることが大切です。空気中で茎を切ると、茎の中に空気が入って、道管の中の水のつながりが切れることがあります。花屋さんで買った切り花でも、家の庭や花壇で切り取った切り花でも、茎の切り口は一度空気に触れています。そのため、道管の中に空気が入って、つながりが切れている可能性が高いのです。
そのつながりの切れ目を取り除くために、切り花の切り口を水につけて、茎を少し切り直します。これは、“水切り”といわれます。そうすれば、水のつながりが切れていても、その部分が取り除かれ、水揚げがスム-ズになります。
すでに生けてある切り花の茎を、水を替えるときに、茎の基部を水につけて、茎を少し切り直すのは“切り戻し”といわれます。これは、古い切り花の切り口を切り落とし、新しい断面にして、茎の切り口を清潔にして水を吸い上げやすくします。 水切りでも、切り戻しでも、茎を斜めに切ります。太い茎なら、十文字に切り目を入れたり、硬い茎なら、折ったりするのは、いずれも、切り口の断面積を広くし、水がよく吸収されるようにするためです。また、断面が平らだと、花器(花瓶)の底に切り口が密着して吸水しにくくなるからです。
水替えをこまめにする!
切り花を長持ちさせるためには、「花を生ける花器を清潔にして、水替えをこまめにするのがいい」といわれます。花器に微生物が繁殖すると、水を吸い上げる茎の切り口が塞がり、水揚げが邪魔されることを心配したものです。
水をこまめに替えるのは、微生物の繁殖を避けるためです。花が生けてある花器の水が不足すれば、花器に水を追加すればいいように思われますが、それは“さし水”といい、良くありません。微生物が、そのまま残ってしまうからです。また、水替えでは、花器だけでなく、切り花の茎も清潔にするのが望まれます。そのため、茎についたぬめりを洗い流すことは役立つでしょう。
「漂白剤を花器に入れておけば、花が長持ちする」といわれるのは、漂白剤による殺菌作用を期待してのものです。除菌作用をもつ成分が含まれている洗剤を花器に加えるのも、この目的の役に立ちます。しかし、これらは植物にも害がありますから、どの程度の量を入れるかは慎重にしなければなりません。 「ピカピカに磨いた10円玉を花器に入れておけば、花が長持ちする」といわれます。黒ずんだ10円玉しかないときには、レモンや酢の液で磨けば、容易にピカピカになります。10円玉には銅が含まれており、水に入れると銅イオンが溶け出します。銅イオンには殺菌作用があり、水の中の細菌の繁殖を抑えると考えられます。



低い温度の部屋に置く!
切り花が置かれている部屋の温度は、切り花の寿命に影響します。なぜなら、切り花は呼吸をしているからです。呼吸には、エネルギーを使います。温度が高いほど呼吸は激しくなり、多くのエネルギーが消費されるため、花の老化が促されます。
ですから、切り花を長持ちさせるためには、低い温度の部屋に置くのがいいのです。温度が低いと、呼吸が抑制され、エネルギーの消費が抑えられ、花の老化が抑えられ、切り花の寿命は長くなります。
たとえば、同じ日に花屋さんで買ってきた開いたばかりの花を、光の強さや湿度は同じ条件で、温度が、10℃、15℃、20℃、25℃とそれぞれ異なる部屋に置いて比較します。すると、温度が低い部屋に置かれたものほど、イキイキと元気で長持ちします(下図参照)。 ですから、切り花は、冬なら暖房していない部屋に置けば、暖房している部屋に置かれた場合より長持ちします。また、夏なら、冷房している部屋に置かれた切り花は、冷房していない部屋に置かれたものより長持ちします。

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糖を与える!
花は呼吸をしてエネルギーを使うので、呼吸のために必要な物質があれば、長生きします。その物質は、ブドウ糖やショ糖などの糖です。これらは、葉っぱに光が当たると、光合成でつくられます。
ところが、多くの場合、切り花にはほとんど葉っぱはありません。たとえ葉っぱがついていても、面積は小さく、枚数もわずかです。そして、切り花は光が弱い室内に置かれることが多いため、葉っぱによる光合成はわずかしかできません。
エネルギー源となる糖がつくられないと、切り花は長く生きることができません。そこで、糖を少し水に加えて花に吸収させるのです。すると、切り花は元気に長生きします。
下図は、キキョウの実験結果を示したものです。糖を4%の濃度になるように加えた溶液では、大きな濃いきれいな色の花が咲きます。また、6日目には、水だけの方の切り花は枯れていますが、糖分を加えた溶液の方は、まだきれいに咲いています。
切り花に糖を与えると、花が大きくなって長持ちし、花の色は綺麗になるという効果があるのです。「そんなにいいことがあるのなら、なぜ、切り花に糖を与えるという方法がもっと一般的に普及しないのか」という疑問が浮かびます。これには、主に3つの理由があります。
一つ目は、植物の種類により、糖を与えると顕著な効果が現れる時期が違うことです。どの大きさのツボミの時に与えるのか、花が咲いたあとに与えるのかなど、もっとも有効な時期が、植物により不明なのです。
二つ目は、どのくらいの糖を水に加えたら良いかが、植物により異なることです。「約5倍にうすめた清涼飲料水が花を長持ちさせる」とか、「1%の糖の濃度が有効だ」とかいわれることがありますが、植物により、何パーセントぐらいの糖の濃度が良いのかが違うのです。
三つ目は、糖は、花の呼吸に役立つと同時に、微生物の繁殖を促します。糖を含んだ溶液を与える場合は、こまめに水替えをしなければ、微生物が増殖します。すると、道管がふさがれ、切り花の寿命を短くするという逆効果になってしまいます。
糖とともに、微生物の繁殖を抑える殺菌剤を与えることも考えられますが、この場合、殺菌効果が強すぎると、花の寿命を短くします。そのため、殺菌剤の種類により、濃度を調節しなければなりません。 以上のように、切り花に糖を与えるという方法をうまく利用するためには、ある植物の切り花について、いろいろの試みをしなければなりません。しかし、いつごろの切り花に、どの濃度で糖を与えれば効果があるのかを知れば、この方法は確実に有効です。自分の好きな花について、有効な方法を知る努力をしてみる価値は充分にあります。

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Guest Columnist

田中 修
TANAKA Osamu
農学博士、専門は植物生理学。
甲南大学名誉教授。
京都大学大学院博士課程修了。
スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員などを経て現職。
植物と人との関わりなどについて、テレビやラジオなどで解説。 主著に『植物はすごい』『植物はすごい 七不思議篇』『植物のひみつ』『植物のいのち』『日本の花を愛おしむ』『雑草散策 四季折々、植物の個性と生きぬく力』(中央公論新社)、『植物のあっぱれな生き方』『ありがたい植物』(幻冬舎)、『植物学「超」入門』『植物のすさまじい生存競争』『植物たちに心はあるのか』(SBクリエイティブ)、『植物はおいしい』(筑摩書房)、『植物 ないしょの超能力』(小学館)、『誰かに話したくなる植物たちの秘密』(大和書房)、ほか多数。