生命力の強いヨモギは、日当たりがよく、水はけのよい場所であればどんどん成長します。道端や河川敷、アスファルトの隙間からも時には生えてきます。そんな繁殖力の強いヨモギですが、ふだんその存在を意識している人は少ないでしょう。5月、6月はヨモギ摘みのシーズンでもあります。古くから、食用として、薬草として、常に人の暮らしのそばにいるヨモギ。旬を迎えた今、ヨモギについて考えてみませんか。
ヨモギの花、知ってます? その特徴と生態
ヨモギはキク科(Asteraceae)に属する多年草で、世界的に約500種が知られており、日本には約50種が分布しています。一般的なキク科の植物は、華やかな舌状花と筒状花を持ち、昆虫による受粉を前提とした虫媒花です。しかし、ヨモギはこれと異なり、花弁を持たない地味な花を咲かせる風媒花で、風によって花粉を運ばせる仕組みを持ちます。
この進化の背景には、ヨモギ属(Artemisia)の起源が乾燥地帯や砂漠にあることが関係しているのでしょう。昆虫の少ない環境に適応するには、花びらを省略し、風を利用した効率的な受粉を行うほうが理にかなっていると言えます。その結果、ヨモギの花はあまり目立たず、人々がその花の姿を思い浮かべるのは難しいと言えます。ヨモギの花期は9~10月。これを機に道端や河川敷に目立たず咲くヨモギの花を鑑賞してみてはいかがでしょうか。ただし、ヨモギはブタクサと同じくらい、秋の花粉症の原因とも言われていますので、ご注意ください。




ヨモギの分布は広く、北は北海道の高山地帯から南は沖縄の亜熱帯地域まで、日本列島全体に広がっています。さらには北半球のみならず、南米のアマゾン地域でも発見されており、実際にペルー、マチュピチュ周辺での自生も確認されています。生命力が強く、アスファルトの隙間や痩せた土壌でも生育する姿は、日本の自然環境に根ざした野草としての力強さを象徴しています。

【実際に現地で調査した地域】
●北海道
利尻島利尻岳/シロサマニヨモギ
札幌市・遠軽町/オオヨモギ
大雪山旭岳/サマニヨモギ
積丹半島/ハマオトコヨモギ
根室半島/ヒロハウラジロヨモギ、シコタンヨモギ
大樹町/シロヨモギ

●東北地方
青森県大間町/オニオトコヨモギ
青森県十和田市/オオヨモギ
宮城県石巻市/クソニンジン

●関東甲信越地方
群馬県野反湖/ヒトツバヨモギ
神奈川県丹沢/イヌヨモギ
神奈川県鎌倉市/イナムラヨモギ
神奈川県鎌倉市/ユキヨモギ
山梨県北岳/キタダケヨモギ、タカネヨモギ、ハハコヨモギ
長野県木曽駒ケ岳/タカネヨモギ
長野県乗鞍岳/チシマヨモギ、ミヤマオトコヨモギ
岐阜県郡上八幡市/オオヨモギ

●四国地方
徳島県鳴門市/ワタヨモギ

●九州地方
福岡県平尾台/カズザキヨモギ、オトコヨモギ
福岡県香春岳/ヒメヨモギ
佐賀県唐津市/カワラヨモギ
大分県中津市/フクド
大分県由布市/ヤブヨモギ
熊本県高森町/ケショウヨモギ
沖縄県恩納村・西表島/ニシヨモギ(フーチバー)
沖縄県南城市/ヨモギナ

ヨモギ、あの香りの成分とは
ヨモギの香りの特徴は、その揮発性成分にあります。特に5月~7月にかけては「18-シネオール」というモノテルペンアルコールが主成分で、ツーンとした清涼感のある芳香が感じられます。昆虫が嫌う香りでもありますので、虫が多くなる5月~7月が一番香りが強いと言えます。また、ヨモギの香りは古くから浄化作用を持つとされ、アイヌ民族やネイティブアメリカンの間では、邪気払いとして焚かれてきました。
一方で、夏以降になると「ツヨン」という神経毒性を持つ成分が生成され始めます。これは過剰摂取によって幻覚や中毒症状を引き起こす恐れがあり、かつて、画家ゴッホが使用していたリキュール「アブサン」に含まれていたことでも知られています。そのほか、ゴーギャンやモネ、ロートレック、ピカソといった芸術家も使用したことで、創作活動に影響を与えたとも言われています。ちなみに「アブサン」はニガヨモギを原料としたお酒です。そのため、薬草や食材としての利用は、4~6月の若葉の時期に限定されることが多いのです。
ほかに、ヨモギには「クマリン」という成分も含まれています。これは桜餅のような甘く香ばしい香りのもとになります。乾燥葉を塩と一緒に瓶詰めすることで、ポプリとしても活用可能であり、家庭内でのリラックスアイテムや消臭・抗菌作用を持つ自然素材として利用されることもあります。



薬効・メディカルハーブとしての利用
ヨモギは薬草としての歴史も長く、多くの文化でメディカルハーブとして重用されてきました。代表的な効能としては、解熱、抗炎症、抗菌、造血、さらには抗がん作用まで幅広く知られています。
中国漢方では「ガイヨウ(艾葉)」として知られ、特に春から初夏に採取した若葉を乾燥させて使用します。また、「インチンコウ(茵陳蒿)」と呼ばれるカワラヨモギの花は、肝機能改善などの生薬成分としても用いられ、ツムラや武田薬品などの漢方薬にも配合されています。 現代でも、関節痛や神経痛に対して軟膏として使用されるほか、葉緑素(クロロフィル)による貧血改善や、体内の浄化作用にも期待されています。クロロフィルは鉄分代謝を助け、血液の質を改善するとされており、日常的な健康維持にも有効です。




ヨモギを味わう
ヨモギは古くから身近な食材として親しまれてきました。その代表的なものと言えば、ヨモギ餅(草餅)でしょう。今やいつでも食せますが、旧暦の桃の節句に供される和菓子としても知られています。このヨモギ餅、うるち米をつなぐためにヨモギの「粘性」や「香り」を活かした工夫から始まったと言われます。春先の若葉は香りがそこまで強くはありませんので、やはりつなぎとしての役割が大きかったかもしれません。
簡単な料理法としては、湯がいたヨモギの葉をナッツ類(アーモンドでもカシューナッツでも)やオリーブオイルとともにミキサーにかけてペーストに加工する方法が人気です。鶏肉、魚介、パスタ、うどんなどとの相性が良く、特に脂溶性の強いヨモギ成分は油と組み合わせることでその効能をより引き出すことができます。お刺身や鶏ハムなどととともに食べても合うのではないでしょうか。 青臭さが気になる場合は、炒め物やジビエ料理にあわせたり、香草バターやソースとして応用するなど、現代の食卓に十分取り入れられるポテンシャルがあります。





また、ヨモギの味わい方は「舌」だけでなく、「鼻」でも。乾燥させた葉はポプリやサシェに適しており、特にクマリンの香りが部屋全体に広がることで、心を落ち着かせる空間演出が可能です。
園芸種のヨモギ、たとえばアサギリソウやヒトツバヨモギはドライフラワーとしても人気があり、白い花のセリ科植物などと組み合わせたグリーン系アレンジメントやブーケは、視覚的にも香り的にも印象的なものになるかもしれません。 インテリアグリーンとして飾り、その後もぶら下げて乾燥させれば、抗菌・芳香アイテムとして活用できるのも、実用性の高い植物であるといえるでしょう。


神事と文化的背景
ヨモギは神秘的な力を持つ植物としても世界各地で扱われてきました。日本では「厄除け」や「浄化」の象徴とされ、祭事や神棚への供物としての使用が見られます。一方で、ヨーロッパの一部地域では「降霊術(招霊術)」に用いられ、ニガヨモギを焚いて悪霊を呼ぶといった使われ方もあったと言われます。
その背景には、香り成分が人間の精神や神経に作用する性質があると信じられていたことが関係しているからかもしれません。民族によって扱いが異なっていても、共通して「香りが霊的な力を持つ」と考えられていたことは、ヨモギの文化的意義を感じます。
また、ヨモギの旺盛な繁殖力は「生命力の象徴」とされ、枯れない植物を室内に取り入れるという文化的習慣(例えばクリスマスツリー)とも重なり、民俗的・心理的な信仰の対象としてもヨモギは機能してきました。香り高く、その上、たくさん採取できるヨモギは、常に人間の生活に寄り添うそんな野草といえるのではないでしょうか。


Guest Columnist

山下智道 YAMASHITA Tomomichi
野草研究家・野草デザイナー・ジャーマンハーブジャーナリスト
生薬・漢方愛好家の祖父の影響や登山家の父の影響により、幼少から植物に親しみ、卓越した植物の知識を身につける。現在では植物に関する広範囲で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会、ワークショップ、ハーブやスパイスを使用した様々なブランディングを手掛けている。TV出演・雑誌掲載等多数。著書に『ヨモギハンドブック』(文一総合出版/2023年)、『旅で出会った世界のスパイス・ハーブ図鑑 東・南アジア編』(創元社/2024年)、『野草がハーブやスパイスに変わるとき』(山と渓谷社/2023年)
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