フラワーアレンジメントによる脳機能向上

サイエンス

今月は、癒しの花を医療や福祉のフィールドで活用した研究をご紹介します。フラワーアレンジメントの制作を通した脳機能向上に関する研究です。フラワーアレンジメントの制作では、色や大きさの異なる様々な花材を使用します。花材の特徴を活かしながら、3次元的に位置関係を捉え、順序良く配置していく必要があります。このようなフラワーアレンジメントの制作過程では、視空間認知能力、記憶力、注意力など様々な認知機能が鍛えられるのです。

フラワーアレンジメントによる脳機能回復訓練とは?

私たちが実践している脳機能の回復訓練では、あらかじめ決められた花材を見本通りに、指定された箇所に挿していきます。具体的には、〇や△の印がつけられた吸水フォームに花材を挿し込んでいきます(写真左、特許5201552号)。〇印にはガーベラ、△印にはカーネーションという具合に花材に対応した印が決められています。また、花材を斜め45°に差し込んで欲しい場合は印が付けられたスポンジ面が45°にカットされているため、利用者は自然と花材を斜めに挿すことができるのです。利用者は順序良く、各印に決められた花材を挿し込んでいくだけで形の整ったフラワーアレンジメントを完成させることができます(写真右)。私たちは、このようなフラワーアレンジメント法による脳機能回復訓練をSFAプログラムと名付けました。SFAはStructured Floral Arrangement Programの略です。自由な発想でフラワーアレンジメントを作成するのではなく、構造的に決められた手順で作成するという意味が含まれています。
SFAプログラムは医療や福祉の現場においてフラワーアレンジメントを利用しやすくするために開発した技術です。フラワーアレンジメント作業をより簡単にするため、給水スポンジに印を付ける工夫を施しました。開発当初、印はマジックで色付けしていたのですが、発色が悪く、上手くいきませんでした。様々な種類の塗料を試した末、最終的にスポンジを凹ませて印とする手法に落ち着きました。この凹印であれば、色落ちすることもありません。また、視覚だけでなく、触覚を頼りに印の位置を同定することができます。さらに、脳機能回復訓練の一環としてフラワーアレンジメントを実施する際には、花材は事前に適度な長さに切りそろえ、花を挿す位置や順番を図示した手順書を用いてセッションを行いました。

SFAプログラムで鍛えられる認知機能

SFAプログラムでは複数の認知機能の中でも特に“視空間認知能力”と“ワーキングメモリ”の機能向上が示されました。視空間認知能力とは、視覚情報に基づいてモノの位置や向き、空間の中でのモノ同士の位置関係を認識する能力です。フラワーアレンジメントでは、花材の形や大きさ、また花材同士の位置関係を把握する時に活用されます。ワーキングメモリとは、情報を一時的に頭の中にとどめ、かつ、その情報を利用する能力を指します。SFAプログラムでは、手順書に書かれた花材の種類や位置を記憶し、その情報に従って花や葉を配置していく際に重要となる能力です。フラワーアレンジメントで認知機能を訓練すると聞くと意外に思われるかもしれませんが、フラワーアレンジメントを制作する作業は、パズルやブロックを組み立てる作業に似ているように思います。パズルやブロックは認知機能のリハビリテーションに利用されています。SFAプログラムもその中の1つと思っていただけると良いと思います。

SFAプログラムによる臨床試験の流れ

SFAプログラムによる臨床試験(Mochizuki-Kawai et al., 2018)の一部をご紹介します。不慮の事故や脳卒中などにより認知機能に障害を負った16名の高次脳機能障害者(平均年齢43.8歳)の方を対象に実施しました。高次脳機能障害とは、脳への損傷によって記憶や注意、言語などの認知機能が低下し、生活に支障をきたしている状態を指します。今回の参加者の皆さまは、受傷(または発症)から1年以上経過し、症状が安定した慢性期の方々でした。臨床試験では、参加者の方々にSFAプログラムを6回実施し、その間に4回の認知機能テストを行って効果を検証しました。テストでは、まず参加者の皆さまに見本となる複雑な図形(見本図)を見ながら模写していただきます。次に、見本を隠して、思い出しながら図形を描く記憶力テストを実施しました。描かれた図形はその正確性に基づいて0~36点で採点されます。

SFAプログラムによる臨床試験の結果

SFAプログラムに参加した16名の記憶力テストは、平均得点が12.7点(1回目)から23.3点(4回目)へと有意に向上し、4回目の得点は非SFA参加者(11名)の平均点と比べると4割以上高い値でした(図上)。重度の記憶障害の方もプログラムが進むにつれて思い出せる部分が増えていきました (図下)。SFAプログラムの特徴は、フラワーアレンジメントという楽しい作業を通して、記憶力のような認知機能を向上させる点です。

SFAプログラムの実践

SFAプログラムに利用したフラワーアレンジメント資材(印付きスポンジ資材)は生花店やインターネットで販売されています。詳細は下記URLをご参照いただき、購入に関しては、直接、生花店等へお問合せください。SFAプログラムの詳細な手順や、他の臨床試験結果についても同ページでご紹介しています。

https://www.naro.go.jp/laboratory/nivfs/arrangement/index.html

SFAプログラムの利用に関する注意点

SFAプログラムは誰でも実施できるフラワーアレンジメントプログラムです。しかし、認知機能に障害を負った方を対象として、リハビリテーション目的で実施される際には必ず医師や作業療法士などの医療従事者の監督の下で行っていただくようお願いしております。認知機能障害は、その内容も重症度も様々です。お元気な方からしたら簡単なSFAプログラムでも、認知機能障害を負った方には苦痛に感じられる場合もございますので、ご配慮お願い致します。

一方で、SFAプログラムを認知機能訓練ではなく、レクリエーションとして楽しんでいただくのであれば何も制限はありません。SFAプログラムは、フラワーアレンジメント初心者の方であっても、簡単に形の整った作品を作ることができるよう工夫された技術です。お子様からご高齢の方まで、ご家族皆さまで気軽に生花を楽しんでいただけるきっかけになれば大変嬉しく思います。

引用文献
Mochizuki-Kawai H., Kotani I., Mochizuki S., Yamakawa Y. (2018) Structured Floral Arrangement Program Benefits in Patients with Neurocognitive Disorder, Frontiers in Psychology, 9, 1328, 10.3389/fpsyg.2018.01328. 本稿の図は農研機構HPからの転載、または引用文献中の図を一部改変して掲載しています。

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Guest Columnist

望月寛子 MOCHIZUKI Hiroko
東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系修了。大学院在籍時はアルツハイマー病やパーキンソン病の記憶障害に関する臨床研究に携わっていた。農研機構へ入構後は、「花」の研究に従事し、花を利用したリハビリテーション法の開発や、花の鑑賞がヒトに与える影響を脳科学的に検証した。2025年現在は、同機構の食品部門にて、おいしさを感じるメカニズムの研究を行っている。

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