フランスのハーブをめぐる旅-薬草文化と暮らし

海外

フランス・プロヴァンスの山々を歩き、野生のラベンダーに出会った─。野草研究家・山下智道が、教会や修道院に息づく薬草文化に触れながら、現地の香りと暮らしに根付くハーブの姿を体験的に綴ります。

教会と修道院に息づく薬草文化

フランスを歩いて最初に感じたのは、宗教とハーブの結びつきの深さでした。パリの教会では古くからフランキンセンス(乳香)やミルラ(没薬)の香りが焚かれ、祈りの場を清めてきました。修道院には薬草園があり、栽培されたハーブは薬やお守り、リキュールへと姿を変えます。アブサンのような薬酒が「魔女の飲み物」と呼ばれたのも、その効能があまりに強力だったからでしょう。

プロヴァンスで出会った野生のラベンダー

今回の調査の一番の目的は、ラベンダーの原種に触れること。アヴィニョン周辺の標高1,800メートル級の山々を登り、瓦礫の斜面に群生する野生のラベンダーを目にしたとき、思わず息を呑みました。日本で一般的に栽培される交雑種とは違い、原種はライチやピーチを思わせる甘くまろやかな香りを放ちます。正直栽培物のラベンダーには私はあまりときめかず、石灰岩のガレ地から生える、原種ラベンダーを見て、いろいろ納得する点が多かった。これは現地に行かねば得られない体験であり、大きな収穫となりました。

ニガヨモギとアブサン

山中ではニガヨモギにも出会いました。ゴッホやピカソが愛した酒・アブサンの原料です。特有のモノテルペンはケトン基がついたツヨン。これはGABA受容体に拮抗し、大量摂取すると、麻酔作用、嘔吐、幻覚、錯乱の作用があることで知られています。かつて芸術家たちはこの酒に酔い、幻覚にまで魅了されたといいます。現代でもフランスのバーで味わうことができ、水を垂らすと乳白色に変わる様はまるで儀式のよう。植物と文化の深い結びつきを実感。

医療としてのハーブ、料理としてのハーブ

フランスの人々にとって、ハーブは薬であり食材でもあります。薬局では薬剤師がドライハーブを調合し、喉の痛みや風邪に処方します。これは日本の漢方に近い考え方ですが、より生活に浸透している印象を受けました。また、食文化の中でもハーブは欠かせません。アーティチョークのフリットや精油を加えたソース、ワインとの組み合わせ─。植物の力を余すところなく料理に取り入れるフランス人の知恵には感嘆させられます。

ハーブではないが、食用つながりでは、オーガニックマーケットには、香りのよいフランボワーズや、フランスでヘーゼルナッツと言えば、セイヨウハシバミなども販売。セイヨウハシバミは香りが最大の特徴。チョコレートやコーヒーなどと合わせれば、旨みの相乗効果を発揮します。

街角に広がる薬草の姿

セーヌ河沿いやパリの街、アヴィニョン中央駅あたりには、スベリヒユがたくさん生え、とくにセーヌ河沿いにはセイヨウシロヤナギが群生しています。セイヨウシロヤナギはアスピリンの起源となった植物で、古代ギリシャ医学の知恵が現代に生きていることを示す存在です。都市の中ではともすれば見失いがちではありますが、実は薬草が自然に根付いているのです。フランスの旅では改めてそのことに気づかされました。

また、原種のラベンダーを探しに向かったアヴィニョンやトゥールーズでは、野生のアップルミントにも出会えました。森や湿地に片っ端から入って発見しただけにうれしさもひとしお。香りも非常にやさしく、それだけで癒されます。

ハーブと魔術の歴史

フランスの歴史では、ハーブは魔術とも深く関わってきました。修道院で用いられるラベンダーやローズマリー、セントジョーンズワートは「白魔術」の象徴として人々を守り癒すために使われました。一方、ニガヨモギやベラドンナは「黒魔術」と結びつけられ、恐れられる存在でもありました。植物は信仰と畏怖のはざまで、人々の暮らしに影響を与え続けてきたのです。

フランスのハーブを訪ねてみて

フランスパリからアヴィニョンと2週間の滞在で得られた最大の収穫は、やはりラベンダーの原種と出会えたことでした。その甘美な香りと強靭さは、書物では得られない学びを与えてくれました。一方で、文献に多く記されていたローズマリーの自生地は見つからなかったことが残念でした。現地の方の聞き込みなどを踏まえると、分布が気候変動や近年の開発で変わっている可能性があることを実感。やはり現地調査だからこそ得られた結果です。

フランスの大地で出会ったハーブたちは、歴史、文化、医療、食、そして信仰のすべてに結びついていました。野草研究家としての調査であると同時に、旅する者として五感で感じ、味わえました。ハーブは単なる植物ではなく、人々の暮らしを支え、時に癒し、時に畏れの対象となる存在。今後もその力を探り、新しい価値を紡いでいきたいと思います。

Guest Columnist

山下智道 YAMASHITA Tomomichi
野草研究家・野草デザイナー・ジャーマンハーブジャーナリスト
生薬・漢方愛好家の祖父の影響や登山家の父の影響により、幼少から植物に親しみ、卓越した植物の知識を身につける。現在では植物に関する広範囲で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会、ワークショップ、ハーブやスパイスを使用した様々なブランディングを手掛けている。TV出演・雑誌掲載等多数。著書に『ヨモギハンドブック』(文一総合出版/2023年)、『旅で出会った世界のスパイス・ハーブ図鑑 東・南アジア編』(創元社/2024年)、『野草がハーブやスパイスに変わるとき』(山と渓谷社/2023年)

いままでの記事

TOP