植物は育て、鑑賞し、また味わうこともできます。人にとって有益な植物は、医療の分野でもその力を発揮しています。今回は、西九州大学リハビリテーション学部リハビリテーション学科教授 学部長である小浦誠吾先生に園芸療法について詳述いただきます。フラワーデザインも園芸療法の一つとして活用することができますので、フラワーデザイナーである方々にはさらに活躍の場が広がるかもしれません。今年度は今月と11月の全2回にわたり、園芸療法とフラワーデザインの魅力について紹介。
園芸療法をご存じですか?

みなさんは、園芸療法という作業療法の技法としても活用される療法技術をご存じでしょうか? 古代ギリシャの医師であり、「近代医学の父」と称されるヒポクラテス(Hippocrates)など、歴代の世界的に評価された医師の多くは、自然や植物の効用を活用した多くの実例を残しています。彼が残した「人は自然から遠ざかるほど病気に近づく。The farther a person is from nature. The more likely the person gets sick.」「自然そのものが最高の医師なのだ。Nature itself is the best physician.」などの後世に語り継がれる名言の数々からも、園芸療法の考え方を「代替医療」の中心として位置付けていたと考えられます(大槻,1985.;James K.G,,吉原.1992)。
自然の中の特に植物を活用した療法の一つが園芸療法で、1998年に私の恩師である松尾英輔先生(九州大学名誉教授)が日本で初めて定義を示され、その定義は、園芸と療法の本質から作成されました。まず「園芸」とは,「植物の成長にともなって世話をする(手をかける,手助けする)行為」を指し、花卉(花)園芸、野菜園芸、果実園芸の3つに分類されます。「療法」とは、治療のための手続きであり,治療の狙いと処理と評価の手続きが必要です。これらを踏襲し定義は、
1)専門的訓練を受けた人(園芸療法士)が,
2)医療や福祉場の働きかけを必要とする対象者に対して,
3)それらの対象者の性格を把握した上で,
4)目標となる症状を理解し,
5)その治療・改善または改良のための手続きとして園芸を用い,
6)その過程と成果を記録・評価しつつ,7)次の手続きを選択しながらゴールに向かって進める一連の手法である.
です(松尾, 1998)。
その後、さまざまな立場から任意の定義は多数示されています。また、園芸療法で欠かせない特徴の一つに、豊かな五感の刺激があります。脳へ直接信号を伝える刺激は五感からのみであることから、以下のような脳への快刺激が期待できるとされています。具体的には、
視覚:フラワーアレンジメントや整備されたガーデンや野草などの景色や日々の変化を視覚で知覚する
聴覚:ガーデンを自立歩行や車いすで移動する際に踏む落ち葉の音や、鳥や虫の鳴き声や、風が木々の葉をすり合わせる音などの澄んだ自然の音など
嗅覚:風が運んでくれる自然や植物および人工物の香りを感じる。
味覚:ステビアなど甘味が強いハーブを噛んで味わうことや、園芸療法作業中に木の実や収穫物を味わう。また、収穫物を調理して味わう。
触覚:木々を含む植物や園芸療法に用いる材料や道具および土や水などの自然の物の手触りを確かめる。
などがあげられます。
自ら作業する園芸の能動的行動の効用や、綺麗なフラワーデザインの鑑賞などの受動的行動から、癒し、幸福感、落ち着きなどの脳への快刺激が伝わりやすく、これらの効用を患者さんのリハビリテーションに活用できるという特徴があります。脳への入力と言われる五感から脳への知覚刺激は、事前に計画をして(企んで)刺激を与えることもできますが、園芸療法の活動の多くは、自然と(企まなくても)脳への快刺激をもたらすことが多いのです。

世界の園芸や植物の療法的活用の歴史
園芸療法的に草花を活用して病気の治療をする考えは、前述のように歴代の医学の第一人者の多くが用いていたことがわかっています。
医療における園芸療法的な考え方の始まりは、4600年前の古代エジプトのイムホテプの医療の考え方にも含まれていたのではないかと考えられます。その中で、病に苦しむ人々に草花が植えられている庭園の散策を勧め、パピルスやハーブ類から治療薬の抽出などを行っていたとされています。園芸療法などの植物や自然の効用を活用した癒しの効用や、ハーブなどの薬草としての効用を、医師として王族たちの患者にも施したとされています(James H. Breasted,1972; Henry E. Sigerist,1933.)。


ヒポクラテス(Hippocrates)は、紀元前460年頃にコス島で生まれました。彼は、病気の原因を自然現象と捉え、迷信や呪術から医学を切り離すことに貢献しました。彼は自然や植物の効用を活用した多くの実例を残しており、「自然治癒力」を提唱し、病気の治療において庭園探索や植物が関わる生活活動(運動)の大切さも考慮した自然の力を重視しました。さらに、彼の著作には約258種類の薬草が記載されている程、人間と植物や自然とのかかわりを重要視しており、園芸療法的な医療の考え方を「代替医療」の中心として位置付けていたと考えられます(大槻,1985.;James K.G,,吉原.1992)。
ヒポクラテスの没後約600年頃に生まれた古代ローマ時代の医師ガレノス(Galen)は、多くのヒポクラテスの論考を書くなど強い影響を受けていました。彼は、古代ローマの医学やリハビリテーション学の父とも称される人物で、農作業(園芸作業)を治療に取り入れるなど、自然や植物の効用を活用する治療法を提唱しました。「運動」「作業」を病気の治療に役立てる医療の考えを確立し、植物を育てるという行為が「運動」と「作業」のいずれも満足させる活動となることを理解していたのではないかと考えられ、彼の知識と実践は現代の園芸療法が含まれる植物療法や自然療法の基礎となっています(京都大学学術出版会,1998年;二宮,1998年).


能動的だけでない園芸療法の効用
ここで、私たちが園芸や園芸療法の本来の意味や意義にこだわらない点を紹介します。それは、ガーデンやフラワーアレンジメントなどの草花のきれいな風景、景色を見るだけの行為や、施術を受けるだけのハーブや植物オイルを活用したハンドケアトリートメントなどの皮膚刺激を受ける行為は、一見“受け身”と判断されがちです。しかしながら、脳内では、視覚や触覚からの快刺激は、電気信号となって能動的に脳内で情報を交換しあっており、認知障害の予防や身体的なリハビリテーションに向けてのモチベーションの向上の面では重要な効用となります。


フラワーアレンジメントの作成を例にすると、作成の行為を病状や障害の維持改善を目的にした場合は、能動的な園芸療法のクラフト技法の一つとして評価することが可能です。身体症状や心や気分の障害などでフラワーアレンジメントを作成できない方の場合は、綺麗なフラワーアレンジメントを見るのみの行為はできることが多いため、脳が快刺激を感じとることで認知機能が回復したり、運動訓練につながるモチベーションを創造したりする効用が期待できそうです。魅力的なフラワーデザインの作品を鑑賞することで、「綺麗」、「素敵」、「落ち着く」などの共通認識がきっかけとなり、豊かなコミュニケーションの構築がなされれば、その後のリハビリテーションなどの医療、福祉行為につなげることも期待できそうです。
日本は国家資格を有する療法士として、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士があり、いずれも患者さんが必要であれば園芸を技法として活用することができます。アメリカなどでは、多様な療法を患者さんが選択するシステムを取り入れているリハビリテーション病院が多く、リハビリの父と称されるラスク先生の名前が使われているニューヨーク大学病院ラスクリハビリテーション部門では、園芸療法が人気のプログラムとなっています。
園芸療法と園芸福祉
園芸福祉は、園芸療法と混同されやすいのですが、概念に相違点があります。園芸福祉は、「すべての人(心身になんらかの支援が必要なひとだけでなく健常者をも含めて)を対象にして,園芸を通して,その福祉(医療,福祉,保健すべての分野)にかかわること」と定義されます。園芸療法は、園芸福祉の広い概念のなかで、療法的支援を要する人々を対象とする、医療的領域となります((松尾,1998;松尾,2004; 2005)。一方で、人間の幸福のために草花や園芸活動を活用する点は、共通概念であると言えるでしょう。




フラワーアレンジメントと園芸業法、園芸福祉
フラワーデザイン技術を活用したフラワーアレンジメントなどは、園芸療法にも園芸福祉にも適用可能です。生活の中や病気療養中の多様なTPOにあわせて、フローラルデザイン(floral design)を行うことで、認知症や後ろ向きになっている精神疾患の維持・改善が期待でき、生活の中の素敵な空間づくりに貢献することができそうです。また、「アートに失敗ない」(冨永ボンド氏※)という考え方から、作品には必ず褒めることができる部分が存在するため、疾患や支援が必要な方がフラワーデザインに取り組まれた場合は、患者さんの存在価値や人間としての尊厳および自己の存在価値を、再確認する貴重な機会になることでしょう。自ら作品を作ることができない人であっても、フラワーデザインの美しさやデザイン性の豊かさ、奥深さなどを鑑賞して、脳内で発想を展開させて楽しく脳刺激をすることができ、多様な療法につなげることができるでしょう。
※冨永ボンド氏:ライブペイントや壁画創作、アートセラピーや臨床美術など分野の垣根を越えて活動をする現代アート作家

したがって、福祉や医療の専門職員さんが、フラワーアレンジメント、フローラル・アクセサリーなどのフラワーデザインの心得や資格があれば、支援が必要な対象者の多様なニーズに対応できるスキルとして活用できることになります。また、ローズマリーとレモンの精油は、認知障害の予防に有効とされています(浦上ら)。認知障害予防の精油を様々なフラワーデザインの作品に添加することで、フラワーデザインの作品を鑑賞しその魅力を五感で感じるだけで、多様な効用が期待できることになります。
花には人間を癒す効果があることは誰もが理解していますが、その人間の心身への効用を意識することは少ないかもしれません。時には、福祉や医療の分野でも期待されている園芸療法の技法の一つとして、フラワーデザインに取り組んでみるのも新しい発見が期待 でき楽しいのではないでしょうか。
引用文献
【園芸療法をご存じですか?】
小浦誠吾.「園芸療法 園芸療法の歴史と現状 園芸療法の効果の評価法(新)」.『農林技術体系花卉編 第4巻 経営戦略/品質/緑化』,追録第13号.農文協,P760~276.
小浦誠吾.日本における園芸療法の現状と今後の可能性.園学研.(Hort. Res. (Japan)) 12 (3): 221–227.2013.
【世界の園芸や植物の療法的活用の歴史】
S. Koura. The Introduction of the Japanese Horticultural Therapy Association(日本園芸療法協会の取り組みの解析と世界中の園芸療法の状況) Acta Horticulture. 954:175-178. 2012.
小浦誠吾.「日本における園芸療法の実情と海外の園芸療法の実際」.『農業および園芸』特集:福祉農業.第88巻.第1号.養賢堂,pp50-55.
【能動的だけでない園芸療法の効用】
小浦誠吾・押川武志・小川敬之・山岸主門. 園芸療法模擬活動による五感の刺激に関する研究.日本園芸療法学会誌.第2巻.23-27.Akiko Ikeda, Hiroya Miyabara, Kentaro Higashi, Kazuho Nagao, Seigo Koura. Effects of the Hand Care Therapy That Used Natural Herb Oil on Autonomic Nervous System against All People Concerned.(自律神経バランスの測定によりハンドケアセラピーを施術する側の学生の感情変化に対する研究).Open Journal of Therapy and Rehabilitation, 2021, 9, 132-142.
【園芸療法と園芸福祉】
松尾英輔.園芸福祉(学)の提唱.グリーン情報 9 (1) :61. 1998.
松尾英輔. 園芸療法を探る 癒しと人間らしさを求めて. グリーン情報. 名古屋.
【フラワーアレンジメントと園芸業法】
日本園芸福祉普及協会HP.高齢者施設でのフラワーアレンジメントの効果報告.2018.
https://www.engeifukusi.com/a/3689
Guest Columnist

小浦 誠吾 KOURA Seigo
西九州大学リハビリテーション学部リハビリテーション学科 教授 学部長
西九州大学大学院教授 医療保健学博士後期課程専攻長、リハビリテーション学修士課程専攻長
西九州大学デジタル社会競争学環 教授
博士(学術)
JHTA 日本園芸療法学会 専門認定登録園芸療法師
一般社団法人日本フィトセラピー協会理事
研究テーマは、認知症の人およびその予備軍となる高齢者のための園芸技法と機能回復訓練の組み合わせ。技術の確立と地域への普及に関する研究。フィトセラピー(植物療法)の基礎的研究とアロマトリートメントの認知症の人および関わる家族への適用に関する研究。
