花が好き、人が好き。基本を力に、次代を咲かせる

インタビュー

兵庫県を拠点にしつつ、世界で活躍するフラワーデザイナー、高木優子さん。若き日、花の魅力、花の造形に魅了され、単身イギリスへ。英国王室御用達のデザイナー、ケネス・ターナー氏やグレゴール・レルシュ氏に師事し、そのフラワーデザイナーとしての資質を開花させていきます。「International Floral Art 0607」では世界1位「ゴールデンリーフ賞」を受賞。またアメリカ最大のコンテスト「Philadelphia Flower Show」でも“Hanging design”部門で第2位を受賞するなど輝かしい経歴を持つ高木さんですが、日本の侘び寂び、加えるよりも引く必要最小限の美しさを醸し出す作品に居心地の良さを感じるといいます。世界を見続けた日本人デザイナーだからこそ、見つけられる作風なのかもしれません。現在は、今まで培った技術や知識、経験をもとに、後進の指導に励んでいます。

きっかけは花嫁修行

フラワーデザインとの出会いは、大学入学後に母から花嫁修業としてお料理と製菓、そしてお花を習うように勧められたのがきっかけです。教室を探していた時期が、ちょうどフラワーアレンジメントという言葉をよく耳にするようになった頃。母と姉はすでに生け花のお免状を持っていたので、違う方がよいと思い、私はヨーロピアンスタイルのお花を勉強することにしたのです。在学中に、NFD以外にもフレンチやアメリカンスタイルをされている先生の学校にも通いました。就職してからは英会話も加え、仕事の後は何かしらの教室に行っていましたね。

実は母が大の花好き。最後の最後、短くなるまで大切に飾るような母で、お稽古での作品を持ち帰ると「可愛い!」と言って喜んでくれるんです。それが嬉しくて。若い頃はお花が好きもありますが、母を喜ばせたい気持ちが強かったように思います。それでも徐々につくることが楽しくなってきて、ある一定の技術が自分の中に出来上がってきた頃に、「この世界だ!」と思うようになったのです。そこからはお花の魅力にとりつかれて、兵庫県の実家から東京のスクールに通ったり、ワークショップや有名なお花屋さんに見学に行ったり。将来的にプロになろうとは当時考えていなかったので、ただただ花が好き、つくることが好き、そして母が喜んでくれるという、そのためだけにお給料の大半を使っていたように思います。

スタートはブーケから

勤めていたのはアパレル系の企業でした。女性がとても多い会社です。同僚の方たちには、仕事を終わると急いでレッスンに向かうため、私がフラワーデザインを習っているのは知られていました。ある時先輩に結婚式でのブーケづくりを頼まれたのです。私も勉強になるので引き受けて、ブーケやヘアドレス、コサージなどをつくったところ、大きな反響がありました。そこから口コミで依頼を受けるようになり、繁忙期には毎週末に数件の婚礼を掛け持ちすることも。忙しい時には、ちょっとした手仕事や配達などのため家族まで巻き込むことに。最終的にお花をメインにすることを決断し、好きだった会社を辞めました。

イギリスでの収穫

退職後、フラワーデザインを教えるための教室をスタートさせました。今思えば、転機になったのはその後のイギリス留学です。留学当初は語学学校に行っていたのですが、気がつけば周囲にいる人はネイティブじゃない人ばかり。これはいけないと思い、せっかくお花の本場のイギリスにいるのだからと、英国王室の御用達でもあったケネス・ターナー氏の教室に通うことにしました。ほかに、ガーデニングの勉強も兼ね、夜学でケンブリッジ大学のオープンカレッジを受講したりもしました。衝撃的だったのは、帰国直前に行ったロンドンの本屋で見たダニエル・オスト氏とグレゴール・レルシュ氏の本!特にグレゴール・レルシュ先生は、ロマンティックであり男性的な美しさを持った、何ともいえない感動に戦慄が走りました。ぜひ教えを受けたくて手紙を出したのですが、返事は来ず。諦めるしかないと思っていたら、東京でデモンストレーションをするという雑誌の記事を見つけたのです。慌てて帰国し、どうにかセミナーに参加することができたのは僥倖でした。そして、先生にお会いして知ったのは、常設の教室はお持ちでないこと。そしてお花屋さんのスタッフとしてはお誘いいただいたのですが、スクールに通いたいということであれば、ドイツのマイスタースクールと同じ内容が学べる学校が東京にあるからと、久保数政NFD名誉本部講師(当時)の花阿彌ブルーメンシューレを紹介してくださったのです。

本格的な教室運営

その月からすぐに、ドイツヨーロピアンの勉強のために花阿彌ブルーメンシューレに通い始めました。そこで出会った先生方に教室の求人や広告の出し方などを教えていただき、本格的に教室をスタートさせようと考えはじめました。この時、フラワーデザイナー1級を取得してから早15年、NFDの講師資格を取得することになりました。講師として教室を始動させると、それまで普通に花市場へ行って花を買ってきては、みんなでフラワーデザインを楽しみましょうというような教室から、しっかりコース設定しパンフレットをつくってと、本格的な教室を始めました。

ものづくりに魅せられて

フラワーデザイナーとしての活動自体は、イギリスに行く前からですね。兵庫県支部が主催するフラワーデザイン展に初チャレンジしたところ、優勝という栄誉に。その時、植物で造形物をつくるということに感動した記憶があります。フラワーデザインによる作品づくりに魅せられたのは、やはり帰国後のグレゴール・レルシュ先生のセミナーで、こんなにダイナミックに植物を表現できる世界があること、花一輪一輪の表情や間の美しさなどに改めて魅せられて、そこから本当の意味でつくってみたいっていう想いが始まったようにも思えます。 ほかにも久保先生から、花阿彌ブルーメンシューレでのアシスタントに誘っていただいたのも大きいですね。当時は海外からのデザイナーを招いて、数多くのデモンストレーションを開催していた時代。準備のお手伝いをさせていただいているだけで、さまざまなテクニック、素材の発見の仕方や使い方など、そういったことを本当にたくさん吸収させていただきました。同時に私自身もデモンストレーションをするという経験も積むことができ、ものづくりの楽しさというものを実感しました。

フラワーデモンストレーションの様子
講演会の様子

フラワーデザイナーとしての成長

その頃から作品を見た方から、高木さんっぽいと言われることが増え、とても嬉しく励みにもなり、創作への想いも強くなりました。学びになればと、日本フラワーデザイン大賞へもチャレンジ。ありがたいことにブライダルブーケ部門で1位/シルバーリボン賞をいただき、その後全国の支部からの講習会の依頼が舞い込むように。自身の教室だけでなく、様々な方にフラワーデザインを伝える立場になり、その責任は増していきます。フラワーデザイナーとしてのこれまでの経験や、諸先生方のアドバイスなど、インプットしたものをアウトプットしていく。そのためには自分の中にまずはきちんと落とし込むことが大切であること、実践を通じて感じることができました。 毎年夏にはグレゴール・レルシュ先生主催のドイツのサマーセミナーに参加し、様々な国の人たちの作品を拝見しながら、意見を出し合い、研鑽を重ねる。当時、サマーセミナーでともに学んでいた人たちは、インターフローラワールドカップで優勝したり、ヨーロッパ全土で活躍する有名人になっていたりと、すごい人たちばかり。今でも友情は続き親交があるのは “Flower ”と言う共通のものがあるからなのだと思います。本当にあの時代が、一番自分の中でブラッシュアップできていたと思います。

海外との繋がり

指導を仰いでいた先生の勧めもあり、ベルギーの出版社(Stichting Kunstboek)が2年に一度主催する写真によるコンペティション「International Floral Art」に参加することに。英語による応募書類の作成や申請、写真によるコンペティションのためのカメラマンへの依頼、何から何まで自分自身で行いました。ですが、そんな苦労も消し飛ぶほどの喜びが待っていました。この国際的なフラワーデザインのコンペティション「International Floral Art 0607」で、世界1位「ゴールデンリーフ賞」を受賞することができたんです。出版社主催でもあり、受賞と同時に作品集の出版へと続きます。

これを機に海外からのオファーも入ってくるようになり、イギリス、フランス、デンマーク、アメリカ、ロシア、韓国、香港、などさまざまな国でデモンストレーションやセミナーを開催したり、多数の海外の雑誌に掲載されたりなど、その活動範囲が広がっていきました。

フランスでのレクチャー
アメリカでのレクチャー
デンマークでのレクチャー
オランダでの雑誌掲載
デンマークでの雑誌掲載

ANAクラウンプラザホテルのディスプレイを3年間に渡り担当していたことから、オランダの建築雑誌が私の特集を組んでくださったこともあるんです。気づけばさまざまな国へリュックを背負い、仕事として渡航することに。その中には武者修行として行った時代の仲間からのオファーも。人との出会いが、私を育ててくれたようなもの。感謝の一言に尽きます。

ANAクラウンプラザホテル大阪 お正月ディスプレイ

私らしさへのこだわり

作品に関して意識しているのは、土から生まれたものを使うことをルールにしています。究極のエコロジーは無理ではないかと私は思っているので、ベースはプラスチックであっても、作品として視覚の中に収まるものは、すべて自然素材にする。カラーコーディネーターの資格を持っていますが、それを植物にそのまま当てはめても、美しいかといわれると違うんですね。だからこそ、それぞれの花材が持っている雰囲気や世界観を大切に、最大限に活かした取り合わせを考えてデザインしています。プラス、そこに自分の中の居心地のいい色合わせを意識しているので、それが私らしさということかもしれません。 私の特徴としては、お花の量が少ないことが挙げられます。日本の侘び寂びといいますか、必要最小限の美しさであること。加えるよりも引く、必要なものだけでいいというところで作品づくりするのは、そこに居心地の良さを私が感じているのだと思います。

書籍の表紙掲載作品に選出
二子玉川高島屋1カ月展示作品
テレビ出演の際の様子

つま先立ちでステップアップ

10年ほど前から、大手企業の社員教育に携わっています。全国に数100店舗あり、その中にある花店で働く社員へお花の扱い方だけではなく、売場づくりのノウハウまで講習しています。クライアントが何を求めているのかを考え、安全面やロスフラワーの削減などについても指導させていただいています。“社員研修”は今、一番私がやりがいを感じているお仕事の一つです。

メーカー展示会 エントランスディスプレイ

また、建築雑誌で特集されたANAクラウンプラザホテル(当時の全日空ホテル)の件も、作品集を見たフランス人建築家が気に入ってくださり、彼が担当する3年間はエントランスやラウンジ、カフェなどのディスプレイ全般を手がけることになったのです。特にエントランスは2~3mに及ぶオブジェ制作。これは初めてのチャレンジでした。化粧品メーカーの情報誌の表紙を飾るフラワーデザインも何年間か続けましたし、大手企業の緑化プロジェクトで、本社ビル全ての緑化のデザインと施工など、本当にいろいろな仕事をさせていただきました。こちらから働きかけたことは一度も無く、不思議なご縁で声がかかる事ばかりでした。ですが、そうした貴重なご縁からの仕事でも、自分がつま先立ちしても出来そうにない無理な仕事内容の時は、ご迷惑をかけてはいけないので全てお断りをしています。もう一歩、もう少し手を伸ばせば依頼者の期待に応えられるのはないか、努力することでできるものは引き受けさせていただく。フラワーデザイナーとしてのキャリアは一足飛びではない方法で、ステップアップをしてきたように思います。

スーパーフラワーデザイナーになってほしい

教室では、NFDの資格取得のための技術や理論の習得を勧めています。技術や知識、植物に対しての指先のコントロールや感覚など、いろいろなものを鍛えてもらうことから全ては始まりますから。そうしたことがマスターできるのが、資格検定試験に繋がるNFDの技術や理論だと思っています。植物と対峙してつくり、体得していく経験値は、何ものにも勝ります。その先にドイツのマイスタースクールの内容を学んで頂いています。そのプロセスを経て、フラワーデザイナーやフローリストとしてデビューする頃には、他の美しいと感じた作品の解説や分析ができ、見ただけで理論を元にそのデザインが理解できるようになります。そうすることでオリジナルを生み出すことができるようになり、それぞれの植物の持っている特性をデザインに昇華していけるのです。私が生徒さんにいつも言っているのは、全ての技術と知識を手にした「スーパーフラワーデザイナーになって!」ということ(笑)。 基礎は、すべての力です。習得する時間は大変でも、その後の喜びと人生の豊かさというのは代えがたいものになります。ぜひ、そこへ到達して一緒に楽しんでいけることを願っています。

Profile

高木 優子 TAKAGI Yuko

NFD名誉本部講師・フラワーデザイナー資格試験審査員
NFD公認校 Quelle(クヴェレ)主宰

兵庫県生まれ。大学入学と同時にフラワーデザインを学び始める。大学卒業後、アパレル会社に就職し、就職先で先輩の結婚式のブーケなどを依頼され、口コミで広がっていくことに。その後、会社を退職しフラワーデザイナーとして活動開始。イギリスに留学し、ケネス・ターナー氏の学校に通う。帰国間近に書店でグレゴール・レルシュ氏の作品集に衝撃を受け、師事。帰国後、久保数政名誉本部講師(当時)、ガブリエレ・ワーグナー氏に師事し、花阿彌ブルーメンシューレに通い、様々なデザイナーと出会い、活動範囲を広げていく。 2002年「日本フラワーデザイン大賞2002」にてブーケ部門1位/シルバーリボン賞受賞。またアメリカで最大のコンテスト「Philadelphia Flower Show」にて“Hanging design”部門で第2位を受賞。ベルギーStiching Kunstboek社主催、フローラルコンペティション「International Floral Art 0607」にて世界1位『ゴールデンリーフ賞』を受賞、ほか多数。国内のみならず、フランス、イギリス、デンマーク、アメリカ、ロシア、韓国、香港などでデモンストレーションやセミナーを行う。現在、後進の育成に尽力。

海外を含め数多くの受賞歴。世界各国から招待を受けてデモンストレーションやセミナーの開催。ご自身の作品集をはじめ、作品が掲載された雑誌は多岐に渡ります。その活躍は企業の社員研修やテレビ出演、店舗などのディスプレイ、大手企業の広告・カタログ制作など幅広く、枚挙に暇がありません。それでいて、フラワーデザイナーをやめられない理由の最初に、人が好きだからとお答えになったのが、高木優子さんその人です。「最初は花束をつくるのも大変だった子が、素晴らしいフラワーデザイナーになったり、ショップのオーナーになっていたりするのが、大きなやりがいです」と語る姿は、フラワーデザイナーであり、そしてフラワーデザイナーを創る人でもあるのです。
TOP
CLOSE